— CHAPTER ONE
6歳のとき、家を失いました
父の借金で家を失ったのは、小学校に入る年のことでした。
「明日から、車で寝るぞ」
父からそう告げられた日のことを、今でも覚えています。
住む場所を失った僕たちは、軽自動車(車種はミラ)の中で、父・弟・僕の3人で生活を始めることになりました。狭い車内に、親子3人が寝起きする日々。夜は、車を停めた駐車場が「家」でした。
お風呂は、近くの公園の水道。ごはんは、コンビニで買ったあんぱんを、弟と半分こにする日々。
たまに祖母の家に行くと、おにぎりを食べさせてくれました。その時の、温かいごはんの味は、今も鮮明に覚えています。
その後、僕は児童養護施設に引き取られました。父とは、その時に連絡が途絶えました。今も、父が、どこで何をしているのかは、知りません。
施設では、高校を卒業するまでの10年以上の時間を、過ごすことになります。
僕にとって、施設は「家」でした。
── そこで育った時間が、今の僕の人生観の、根っこにあります。
— CHAPTER TWO
お金を知らないまま、社会に出ました
18歳で施設を出て、社会人としての生活が始まりました。最初の仕事は、ガソリンスタンドのアルバイトです。
生まれて初めて、自由に使えるお金が手に入りました。
そのお金で、車を買いました。バイクを買いました。レコードプレーヤーを買いました。友人と飲みに出かけ、夜遊びを覚えました。
欲しいものを、欲しいときに買う。そんな生活が、楽しくて仕方ありませんでした。
── ですが、楽しい時間には、終わりが来ます。
バイト代だけでは、生活費と遊興費は賄えなくなりました。最初に手を出したのは、クレジットカードです。「給料が入ったら払えばいい」そう自分に言い聞かせながら、カードで買い物を続けました。
カードの支払いが追いつかなくなると、次に、身近な人にお金を借りるようになりました。友人に、先輩に、頭を下げてお金を借りる。
その人たちが貸してくれなくなると、今度は、消費者金融へ。
カードを機械に入れると、現金が出てくる。まるで、魔法のカードを手にしたような感覚でした。
借金が膨らんでいくことへの恐怖よりも、「使えるお金が手元にある」という感覚の方が、当時の僕の中では、大きかった。
気がつくと、27歳になっていました。抱えていた借金の総額は、800万円を超えていました。
どこからどう返せばいいのか、まったく分かりませんでした。毎月の返済が、新しい借金で埋められる日々。夜になると、明日の支払いのことばかり考えていました。
最終的に、僕は自己破産を選びました。
借金はゼロになりましたが、住む場所も、信用も、すべて失いました。しばらくは、ネットカフェで暮らす日々が続きます。人生で2度目の、ホームレス状態でした。
父と同じ理由で、僕もまた、住む場所を失った。
── この事実は、僕の中で重く残りました。
— CHAPTER THREE
「お金の知識がないことは、罪だ」と気づいた日
ネットカフェで暮らしながら、僕はある日、気づきました。
── 自分の人生に起きてきたすべての問題は、
「お金のことを、何も知らなかった」ことの結果だ。
父が借金で家を失ったのも。僕が借金で家を失ったのも。親子そろって、お金の知識がなかったことが原因でした。
この気づきは、ひとつの確信に変わりました。
── お金の知識がないことは、罪だ。
自分自身を傷つけ、家族を傷つけ、周りの人を巻き込む。「知らなかった」では、済まされない。生きていくために、お金の知識は絶対に必要なのだ、と。
証券会社の口座開設キャンペーンで報酬を受け取り、約60万円の資金を作りました。そのお金で、まずは住む場所を確保しました。
そこからは、すべての時間を「お金の勉強」に注ぎ込む日々が始まります。仕事を続けながら、空いている時間のすべてを、研究に使う。
最初に始めたのは、株式投資でした。本来、株式投資の王道は「長期投資」です。しかし、当時の僕には、悠長に待っている時間も、ゆっくり増やすだけの資金もありませんでした。
だから、短期で稼げる方法ばかりを研究しました。スキャルピング、デイトレード、信用取引。少しでも早く、少しでも大きく。
── 大きな損失も、何度も出しました。信用取引で、また借金を抱えたこともあります。
ただ、この時期に、ひとつの仮説が頭に浮かびました。
「もしかすると、損切りをしないという選択肢があるんじゃないか?」
まだ朧気なものでしたが、これが、後の手法の原型になります。
ある時、株式投資の仲間が欲しいと思い、自分でコミュニティを作ろうと考えました。手書きでチラシを作り、自宅周辺の家、約2万軒にポスティングをしました。来る日も来る日も、ポストに入れて回りました。
結果、たった1人だけ、連絡をくれた人がいました。その方が、僕にFXのことを教えてくれました。
正直、最初は怖かった。「FXは借金になる」というイメージが強くて、手を出してはいけないものだと思っていました。
でも、よく話を聞いてみると、株の信用取引のように追加で借金を抱える構造ではない、ということが分かりました。そこから、僕の意識は180度、変わりました。── FXは、むしろ安全な投資だ。
ここから、FXの研究が始まります。
— CHAPTER FOUR
10年かけて、ひとつの答えに辿り着きました
FXの研究を始めた僕は、本気で勉強しました。当時、世の中で「勝てるFX」と言われている方法は、すべて試しました。
- テクニカル分析(移動平均、MACD、RSI...)
- ファンダメンタルズ(経済指標、各国の金融政策)
- 著名トレーダーの手法のコピー
- 市販の自動売買ソフト(EA)
本も読みました。講座にも参加しました。ただ、ひたすら、検証と実践を繰り返しました。
けれど、結果は出ませんでした。「もう少し勉強すれば」「もう少し経験を積めば」── そう自分に言い聞かせながら、何年も過ぎていきました。
気がつくと、FXを始めて10年近くが経とうとしていました。資金は増えていない。むしろ、損失と勉強代で、減り続けている。── なぜ自分は勝てないんだろう。
ある日、僕は決めました。「これから、自分のすべてのトレードを記録する」
毎日、すべてのエントリー、決済、損益、その時の判断を、ノートに書き続けました。数ヶ月後、ノートを読み返したとき、あるパターンが、ハッキリと見えてきたのです。
── 僕がお金を失うのは、「損切り」と「強制決済」、
この2つしかない。
どんなに勉強しても、どんなに経験を積んでも、最後にお金が消える瞬間は、いつもこの2つのどちらかでした。
この気づきは、僕にとって衝撃的でした。ということは、こうも言えるはずです。
── この2つを避ける構造を作れば、お金は減らない。
そこから、僕は手法を組み直し始めました。
- 証拠金維持率を、極限まで高く保つ
- 損切りに依存しない、運用設計を作る
- 利益獲得で資金を増やしてから、損失を処理する
これらの組み合わせで、自分の資金は安定して増えるようになりました。
ですが、ここから「他人が再現できるレベル」にまで手法を磨くのに、さらに数年かかりました。── 自分が勝てることと、他人が勝てるように教えることは、まったく別の難しさがあったからです。
最終的に、僕はこの考え方を「rewriteFX」と名付けました。「FXの常識を、書き換える」── そんな意味を込めています。
— CHAPTER FIVE
2016年、スクールを始めました
最初は、副収入のつもりで、人にFXを教え始めました。こくちーずなどのポータルサイトで募集をかけ、小さな会場で1日2〜3名の方に向けて話す、そんな小さな規模のスタートでした。
もっと多くの人に届けたいと考え、あちこちのコミュニティに足を運び、少しずつ人脈を広げていきました。そして2016年、正式にスクール化。100名規模のセミナーを開催するようになりました。
指導を続ける中で、ひとつ、忘れられない出来事があります。
あるセミナーの最中、突然、号泣する女性の参加者がいらっしゃいました。僕が「損切りはしなくていい」「証拠金維持率が大事」という話をした、その瞬間でした。
休憩時間に、その方に話を聞いたところ、ご自身のお金だけでなく、ご家族の大切な蓄えまで、FXで失ってしまったとのことでした。
「もっと早く、この話を聞きたかった」
── そう涙を流していらっしゃいました。
この出来事が、僕の中で、何かを決定的に変えました。
僕がやっていることは、単にお金を増やす方法を教えることではない。お金を失う構造を、間違ったまま信じ続けてきた人の、── その苦しみを、変えることができる。そう実感したのです。
そこから、僕の活動の軸が変わりました。「自分の利益のため」ではなく、「お金で困る人をなくすため」に教える、という覚悟が、自分の中で固まりました。
2016年から現在まで、延べ3,200名以上の方を指導してきました。受講生の8割が、受講開始から1週間以内に最初の利益を獲得しています(含み損は除く)。
これは、手法そのものが「再現しやすい」ことの証明であり、同時に、僕にとっての「やり続ける理由」でもあります。
— CHAPTER SIX
お金で困る人をなくすために
スクールを始めて、しばらく経った頃から、僕には、もうひとつ続けていることがあります。
── 児童養護施設へのボランティア活動です。
自分が育った施設、そして全国の児童養護施設の子どもたちに、食事を届ける活動を、続けています。
なぜそんな活動を続けるのか、時々、聞かれることがあります。理由は、ひとつだけです。
── 施設にいる子どもたちの多くは、
本当は、親と暮らしたいと願っているからです。
施設で育った僕は、知っています。どんなに施設で温かく育ててもらっても、心のどこかで、親の存在を求めている子がいます。
そして、それを阻んでいる最大の理由は、ほとんどの場合、「家庭の経済的な問題」です。
お金がないことで、家族がバラバラになる。この連鎖を、僕は自分の代で断ち切りたい。── 食事を届ける、というのは、その想いを行動に変える、ひとつの形でしかありません。
2019年には、月刊FX情報誌『FX攻略.com』に、僕のインタビューが掲載されました。記事のタイトルは、こうでした。
──「お金がなくてやりたいことができない人を、社会からゼロにしたい」
これが、僕がFXを教える、本当の理由です。
お金は、お金より大切なものを守るためにあります。家族、友人、自分の時間、そして自分の人生。── それらを守るために、お金の知識が必要なのです。
「お金の知識がないことは、罪だ」と気づいた、あの日の自分から、ここまでの道のりは、すべて繋がっています。
— CHAPTER SEVEN
あなたへ
ここまで、僕の半生を読んでくださって、ありがとうございました。
振り返ってみると、僕の人生は、「お金を知らなかったこと」で起きた問題と、「お金を学び続けたこと」で得た答えの、くり返しでした。
あなたにも、守りたいものが、きっとあるはずです。家族、子ども、両親、パートナー、友人、自分の時間、自分の夢、自分の人生。
それらを守るために、いくらかのお金が必要だということを、あなたはもう、知っています。だからこそ、このページにたどり着いてくださったのだと思います。
特別な才能は、要りません。難しいチャート分析も、要りません。
必要なのは、ルールを守ること。
そして、ひとりでやらないこと。
── たった、これだけです。
かつての僕のように、独学で何年も時間と資金を溶かす前に。どうか、まず、話を聞きに来てください。
無料のオンラインセミナーで、サイトに書ききれなかったことを、お話ししています。あなたに、お会いできるのを楽しみにしています。
齊藤 佳孝
株式会社BI.Partner's 代表 / FXトレーダー